生誕:1632
没年:1675年12月15日
分野:絵画
スタイル:バロック
ヨハネス・フェルメールは1632年にデルフトで生まれ、生涯デルフトで過ごしました。フェルメールが誰に師事したかはわかっていません。多くの画家の友人達が居たのはわかっていますが、彼のようなスタイルで絵を描いた人はいません。
フェルメールは、父親同様アートディーラーでしたが、自分は画家であると信じていました。制作は発注を受けてのもので、その点数も年間2〜3点を上回ることはありませんでした。稼ぎは、妻と11人の子供を養うために最低限の水準でした。1675年に突然亡くなりました。
ヨハネス・フェルメールが生涯で描いた絵画はわずか45点。その内35点が現存しています。絵画史上においても、寡作の画家として知られています。
フェルメールは、その生前に高い評価を受けることはありませんでした。しかし1866年にフランス人の美術評論家、テオフィレ・トレ・ビュルガーがフェルメールに関する研究論文を発表したことがきっかけで、作品の評価は一転します。当時フェルメールについてほとんど知られていなかったこともあり、ビュルガーは「デルフトのスフィンクス」とフェルメールを呼びました。 今日、ヨハネス・フェルメールの作品は、値段などつけられないほど貴重なものです。「真珠の耳飾りの少女」は「北のモナリザ」とも呼ばれ、ハリーウッド映画のインスピレーションにもなりました。
フェルメールの絵の特徴は、青と黄色の使い方です。彼は「オランダの光の巨匠」とも呼ばれています。フェルメールの時代、オランダ各地にあった湖や湿地帯の水面は雲に強く反射して、独特の空と光を生み出していました。干拓事業が進み、それらの水面が風景から姿を消すと共に、神秘的なオランダの光も消えていったということです。その光は今、古い絵画の中にだけ残っているのです。
フェルメールや、彼に影響を与えた人々、彼の作品の背景などを知るには、デルフトの「フェルメールセンター」がおすすめです。彼の最も有名な作品「真珠の耳飾りの少女」は、デン・ハーグのマウリッツハウス王立美術館で見る事が出来ます。
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