フリーゾ王子(1968~2013年)

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フリーゾ王子 (1968 - 2013)

ベアトリクス王女の二男のフリーゾ・オランダ王子が、2013年8月12日、2012年のスキー事故後の合併症により死去しました。

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フリーゾ王子は、ベアトリクス女王と故クラウス殿下の次男で、1968年9月25日にユトレヒトで生まれました。フリーゾ王子の正式な称号はプリンス・オブ・ザ・ネザーランド、プリンス・オブ・オラニエ=ナッサウ、エスクワイア・フォン・アムスベルクでした。フリーゾ王子の兄弟には、兄のウィレム=アレクサンダー王子(1967年生)、弟のコンスタンティン王子(1969年生)がいます。

フリーゾ王子の人生

1986年、フリーゾ王子は高校を卒業し、カリフォルニア大学バークレー校で機械工学を学びました。1988年からは、デルフト工科大学で宇宙航空工学を学び、1994年に卒業。1990年から1995年まで、エラスムス大学ロッテルダム校で学び、経営学修士号を取得しました。その2年後、フランスのフォンテンブローにあるINSEADでMBAを取得。

2004年4月24日、デルフトの旧教会でメイベル・ウィサスミットと結婚しました。2人は、オランダ議会による結婚の承認を得ないことを選び、その結果、フリーゾ王子はオランダ王室から除籍され、王位を継承できなくなりました。ただし、フリーゾ王子、メイベル妃と子供達は、まだロイヤルファミリーの一員でした。結婚式の後、2人はロンドンに移り住み、2人の娘、ルアナ(2005年3月26日生)とザリア(2006年6月3日生)をもうけました。

フリーゾ王子のスキー事故と死去

2002年2月17日、フリーゾ王子はスキー事故で重傷を負いました。オーストリアのスキーリゾート地であるレッヒで雪崩にのまれたのです。王子は雪の下に約20分閉じ込められ、救出後に約1時間の蘇生処置が行われました。この事故の結果、脳に深刻な損傷を負いました。現在、ロンドンのウェリントン病院に入院しています。

オランダ王室は、2013年8月12日、フリーゾ・オランダ王子(44)が同日、オーストリアでのスキー事故で負った酸素欠乏による脳損傷に伴う合併症により、死去したと発表しました。フリーゾ王子は、ロンドンのウェリントン病院で12カ月以上治療を受けた後、移っていたハウステンポス宮殿で死去しました。


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